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雑記

2017年2016年2015年2014年2013年2012年 2010年2009年2008年
○遠藤家文書の報告書
 去る12月10日に開かれた「南奥羽の世界〜新発見!遠藤家文書に見る戦国大名の外交〜」に参加してきました。当日は大変盛況で、400人を超える聴衆が集まったようです。東北で、6,000点を超える新出文書の発見は、やはり相当なものだと思います。

 それにあわせて、慶長5年以前の中世文書を収めた報告書『伊達氏重臣 遠藤家文書・中島家文書〜戦国編〜』(白石市教育委員会編)が刊行されました。遠藤家文書中の中世文書42点(うち1点は17通の段銭請取状からなる巻子)、中島家文書4点、遠藤家の蒐集文書14点の計60点に加え、関連資料50点と解題が付与されています。
 新出文書60点にはすべてカラー図版が付され、紙質情報が、かなり詳細に取られているところも注目されます。
 遠藤家文書は天正10年前後の南奥の外交文書が中心。蒐集文書には、『建内記』永享2年2月条の断簡が含まれ、その紙背にはなんと小倉宮聖承に関する三宝院満済の書状が!また嘉暦2年の大覚寺領に関する鎌倉幕府奉行人の仰詞なども収録されています。

 頒価は2,000円(+送料)とかなりリーズナブル。お問い合わせは、白石市教育委員会生涯学習課(0224−22−1343)まで。
(2011-12-12)
○柴辻俊六先生古稀記念会
 去る11月5日に、柴辻俊六先生古稀記念会が開かれました。90名を超える盛況な会となり、ご来会いただいた皆様には厚く御礼申し上げます。

 柴辻俊六先生古稀記念会

 それにあわせて、古稀記念論集『戦国大名武田氏の役と家臣』(岩田書院、314頁、6,900円税別)が刊行されました。

 第1部 武田氏の役 
戦国期武田氏領の諸役体制について柴辻 俊六
戦国期武田氏領国における貫高制の形成について―甲斐・信濃・西上野三国を事例に―平山 優
検地帳に見る武田氏の在地支配―「神長殿知行御検地帳」の分析を中心に―鈴木 将典
武田氏における黄金の使用について海老沼 真治
武田領国における寺院の存在形態―永昌院文書「謙室大奕条書写」の検討を中心に―長谷川 幸一
 第2部 武田氏の政治と家臣 
武田家「両職」小考丸島 和洋
天文期の山内上杉氏と武田氏黒田 基樹
武田氏の東美濃攻略と遠山氏小笠原 春香
武田氏の海上軍事小川 雄
徳川領国下の穴山武田氏柴 裕之
山形大学附属博物館寄託「秋山家文書」―戦国期武田氏関連文書の紹介―小佐野 浅子
  
柴辻俊六著作目録 

 また、あわせて柴辻先生所蔵文書のうち46点を紹介する『史料集「柴屋舎文庫」所蔵文書』が日本史史料研究会から刊行されました(94頁、2,000円送料別)。いちおう、私も編者に入ってます。ほとんど名前だけのようなものですが…。
(2011-11-14)
○『真田三代』受贈
 平山優氏から『真田三代 幸綱・昌幸・信繁の史実に迫る』(PHP新書、860円税別)を受贈しました。
 相変わらず、丹念に史料を蒐集・読み込んだ詳細な歴史が綴られています。新書という性質上、典拠が書かれていないのが残念ですが、冒頭にカラーの地図も付され、わかりやすさに配慮が成されています。是非ご一読をお奨めします。
(2011-10-26)
○磯貝先生追悼論集の刊行
 磯貝正義先生追悼論文集刊行会編『戦国大名武田氏と甲斐の中世』(岩田書院、260頁、5,900円税別)が刊行されました。

 第1部 戦国大名武田氏論 
国人領主栗原氏の武田氏被官化過程秋山 敬
戦国期武田氏領の普請役の検証柴辻 俊六
甲斐武田氏の徳役鈴木 将典
戦国大名武田氏の駿河支配に関する一考察―久能城主今福長閑斎を中心として―平山 優
武田信玄の海津築城と山本勘助小和田 哲男
東近江市能登川博物館寄託「三枝家文書」の検討丸島 和洋
飯田・上条合戦地考畑 大介
 第2部 甲斐の中世的世界 
城館と樹木―武田氏の城館における植栽と竹木の確保―山下 孝司
甲斐国中世の木綿に関する資料閏間 俊明
山梨県の中世石仏坂本 義夫
鉱山臼研究の覚書萩原 三雄
『当代記』研究ノート―時間的文言の分析(巻一・二)―太向 義明

 拙稿は、3箇所に分散している「三枝家文書」の原状把握を試みた小論です。写真を多めに掲載していますので、御覧いただければ幸いです。いちおう、磯貝先生にゆかりのあるテーマを選んだつもりでいます。
(2011-10-10)
○家臣団研究の低調さ
 4月に「根深い問題」と書いて、ず〜っと放置していた件。
 なぜ今頃になって家臣団関係文書の新発見が相次ぐか。それは「家臣」に対する関心の低さがもうひとつの理由です。

 戦国大名研究は、あくまで「大名」の研究として進展してきました。『織田信長文書の研究』『徳川家康文書の研究』というような史料集の作り方がまさにそれにあたります。大名がどのような命令を出したかが問題で、家臣がどう動いたかには目が向けられて来なかったのです。絶対王政にも比肩しうる、強大な戦国大名権力とはそういうもの、という前提がそこにはあったのかもしれません。また、残された分量の多い大名発給文書を丁寧に追って分析することで、真偽判定も含めた古文書学的考察を行う、という学問的理由もあります。

 これは武田氏においても同様で、家臣団研究は遅れたままです。家臣の発給文書収集への努力は、比較的高かったほうだと思われるのですが、いかんせん関心そのものが薄い。そうした点が背景にあるように思います。

 しかし大名権力というものは、家臣によってこそ支えられているもの。こうした視点は早急に改めていく必要があるのではないでしょうか。家臣団を含めた、史料集の編纂が当たり前になることを望む次第です。
(2011-09-18)
○『戦国史研究』62号の刊行
 先月末ですが、『戦国史研究』62号が刊行されました。
 武田関係としては、村田精悦氏の論文「戦国期における軍事的「境目」の考察―相模国津久井「敵知行半所務」について―」と、遠藤珠紀氏の羅針盤「織田信長子息と武田信玄息女の婚姻」が掲載されています。

 村田論考は、小山田氏の相模における半手領域について論じたもの。小山田領の意外な広さに驚かされます。遠藤論考は、織田信忠と松姫の婚約について明らかにしてくれる新出史料の紹介です。勝頼室死去後、すぐに婚約交渉が行われている様子が窺えます。

 どちらも重要な論考です。ぜひご一読を。
(2011-09-15)
○山梨県博のシンボル展示
 山梨県立博物館の秋のシンボル展は、「川中島の戦い―戦後四五〇年―」だとのことです。会期は9月10日(土)〜26日(月)まで。ちょっと短いですので、興味のある方はお早めに。
(2011-09-11)
○『甲斐小山田氏』刊行
 ふ〜。ぎりぎりで7月。『論集 戦国大名と国衆5 甲斐小山田氏』(岩田書院、A5判・カバー装、304頁、3,200円税別)が刊行です。

 『甲斐小山田氏』

総論 甲斐小山田氏の系譜と政治的動向 丸島 和洋
郡内小山田氏の興亡(1974)東四柳 史明
武田信虎と郡内小山田氏―「妙法寺記」にみる―(1974)なかざわ しんきち
郡内小山田氏断簡(1978)なかざわ しんきち
武田氏の領国経営と小山田氏の地域支配(1988)なかざわ しんきち
郡内小山田氏―武田氏との関係―(1974)小山田 了三
小山田氏の郡内支配―支配領域と武田氏権力の検討―(1990)小山田 了三
小山田氏の郡内支配について(1981)小峰 裕美
武田氏と郡内領に関する一史料(1982)須藤 茂樹
戦国大名武田氏の権力構造―武田氏と穴山氏、小山田氏との関係―(1987)渡辺 憲一
武田氏の領国形成と小山田氏(1988)堀内 亨
岩殿城の史的一考察(1989)萩原 三雄

 大名・国衆に関する論文のうち、単著に未再録で、入手・閲覧が困難なものを集めて公刊しようという「論集 戦国大名と国衆」企画。第4弾である『武蔵三田氏』が2010年12月奥付ですから、半年以上も間隔が明いてしまいました。ここまで、後北条関係が続いていましたが、ようやく武田関係の登場です。

 「はしがき」にも書きましたし、岩田さんのHPにも抜粋されていますが、再録方針について。小山田に関する論文は非常に多いので、正直、一冊にまとめることは不可能。まずシリーズの方針として、未再録のものに限る、としています。それで柴辻俊六・笹本正治・矢田俊文各氏の論文については、一部を除いて著書に再録されていますので、各氏の御著書をご参照いただけば良いと考えて、除外させていただきました。これにさらに80年代以前のもの、せめて90年まで、という限定をつけました。それでも到底収まり切りません。とりわけ、故・小山田了三氏の論文は非常に数が多いので、特に氏の見解がまとまっている2本に限らせていただきました。

 それでも、予想を超えるページ数になりました。というのも、上記基準から漏れた論文・研究史をフォローしようと考えたせいもあり、総論に紙幅を割きすぎてしまったのです・・・。まさか4万字、50頁になろうとは。書いた本人がビックリです(苦笑)。
(2011-07-31)
○『武田氏研究』44号の刊行、そして・・・
 『武田氏研究』44号が刊行されました。

(記念講演)遠江・三河から見た武田氏山田 邦明
山内上杉氏領国下の上野小幡氏黒田 基樹
甲斐善光寺の造営と「善光寺普請」秋山 敬
〔史料紹介〕高野山成慶院『甲斐国供養帳』(五)―『甲州月牌記 五』(その1)―丸島 和洋

 総会に合わせての刊行ですので、刊行から1ヶ月はたったかと思います。会員の皆様のお手許にも、もう届いているでしょう。今月に入って、販売元である岩田さんのHPにも載っていますね。
 普段でしたら、刊行後直ちに本サイトにも掲載するところなのですが、今回は関連して言及せざるをえない事柄があり、それを果たしてネットで記してよいものか判断に迷ったものですから、先延ばしにしていました。ただ、四十九日もあけたと存じますので、簡単に記させていただきます。

 本号には、急逝された秋山前会長の、結果的に御遺稿となった論考が掲載されています。秋山前会長は、甲斐における荘園制や、室町期の武田氏、甲斐本国における国人の動向、近代までも射程に収めた寺社研究など、山梨の文献史学を牽引されてきた方でした。研究分野は極めて多岐に亘り、とても私などでは、ひとことでまとめることができません。あまりにも早い御逝去をうかがい、ただただ言葉を失うばかりです。

 謹んで、秋山先生のご冥福をお祈りするとともに、その学恩に深謝申し上げさせていただきます。
(2011-07-23)
○新出の足利義昭御内書
 秋山正典氏による史料紹介「中世〜近世初期の浦野安孫家文書について」(群馬県立文書館『双文』28号)が興味深い。紹介対象は、同館に寄託された浦野家(大乗院主)伝来文書。浦野氏が別当をつとめた「大乗院文書」と、散逸した「極楽院文書」からなり、後者は他所蔵分とあわせて、復元が試みられています。

 とりわけ聖門(聖護院門跡)宛の5月19日付足利義昭御内書が興味深い。長野氏業の遺児・亀寿(極楽院二世)の扱いについて、触れられています。なかなか解釈が難しそうな文書ですが…。

 ただ、紙幅の関係からか、写真が小さいのと、近世初期の家康・真田氏発給文書が翻刻対象となっていないのが惜しまれます…。そのうち、閲覧しにいきたいものです。
(2011-07-12)
○第25回武田氏研究会総会と記念講演
 2011年度の武田氏研究会総会は、6月25日(土)に行われます。会場は、帝京大学山梨文化財研究所講義室。

 総会は午後1時30分〜2時30分。
 記念講演は、午後2時40分〜4時30分。講師は久保田昌希氏、論題は「今川領国から武田領国へ」だそうです。

 あ、非公式連絡ですので、念のため。しかしギリギリすぎるな…。
(2011-06-23)
○『武田遺領をめぐる動乱と秀吉の野望』受贈
 御礼を書くのがすっかり遅れました。平山優氏より、『武田遺領をめぐる動乱と秀吉の野望―天正壬午の乱から小田原合戦まで』(戎光祥出版、2,500円税別)を受贈しました。以前刊行された、『天正壬午の乱 本能寺の変と東国戦国史』の続編にあたります。というより、本来は一書として構想されていたものですね。

 前著に引き続き、かなり複雑かつ未解明な部分が多かった天正10年以後の東国の情勢を、信濃を中心に丁寧に描写しています。この間の信濃国衆の動向って、ほんとうにほとんど分かっていない。中央政権・諸大名・各国衆が、相互に関係している複雑な情勢を読み解く作業は、無地のジグソーパズル、それも時々ピースが欠けていたり、余計なピースが混ざり込んでいる代物を、完成させるようなもので、それだけで苦労がしのばれます。
 また、本能寺の変後の「織田政権」についての考察も、色々と考えさせられます。前著とあわせて、ぜひご一読をお奨めします。といっても、かなり細かい話しが多いので(これこそ、歴史学の「神は細部に宿る」というやつですが)、読み通すのはけっこう大変。最初は大きな流れをおさえることを意識して、興味をもった部分を読み返していく、という読み方がいいかもしれません。

 あと、相変わらずあとがきが秀逸。本当に最近は・・・あ、やめとこう(笑)。

 また、戎光祥出版からは、中世武士選書6として、横山住雄『武田信玄と快川和尚』(2,200円税別)も出版されています。戦国大名研究は、宗教面が非常に弱いですから、極めて貴重な一書です。こちらも、おすすめ。
(2011-06-20)
○2011年度三田史学会
 今週末(6月18日)は、慶應の三田史学会。午前の部・日本史部会は、古代1人に中世2人という構成ですね。プログラムは、こちらにPDFでアップロードされています。

 午後のシンポジウム「慶應義塾の古文書―文学部古文書室所蔵史料を中心に―」では、中世文書も含む、新出史料(新規公開史料)を用いた報告を用意しています。というか、いままさに「用意して(準備して)」いるところです(汗)。詳しくは、リンク先ページおよびPDFを御覧下さい。

 さて、どう話しをまとめようかな…。なお、私の報告でも、中近世移行期の新規公開史料を使う予定でいます。ポスター(PDF)の、一番下に写真で出している2点が、それ。
(2011-06-12)
○『織田権力の領域支配』刊行
 戦国史研究会編『織田権力の領域支配』(岩田書院、8,400円税別、385頁)が刊行されました。昨年6月に行った戦国史研究会のシンポジウム「織田権力論―領域支配の視点から―」と、翌7月例会で行われた関連報告(功刀報告)をあわせ、1冊にまとめたものです。昨日会のほうに納品だったので、店頭に並ぶにはもうちょっとかかるのかな。

◆戦国史研究会編『織田権力の領域支配』(岩田書院、2011年4月)

山田 邦明
シンポジウム趣旨説明戦国史研究会シンポジウム勉強会
 I
織田権力の京都支配木下 昌規
織田権力の摂津支配下川 雅弘
織田権力の和泉支配平井 上総
 II
織田権力と織田信忠木下 聡
織田権力と北畠信雄小川 雄
 III
織田権力の北陸支配丸島 和洋
織田権力の若狭支配功刀 俊宏
明智光秀の領国支配鈴木 将典
羽柴秀吉の領国支配柴 裕之
 IV
織田権力の取次戸谷 穂高
討論
シンポジウム開催までの記録
あとがき

 全体は、4部構成で、10本の論文を収録。執筆者の略歴をみて気がついたのですが(遅い)、1973年から1980年生まれ。全員30代ですね。あれ、私って真ん中くらいなのかしらん?非常に若い執筆メンバーです。

 未だに疑問を呈示されるのですが、「織田政権論」ではありません。東国の戦国大名研究の手法を織田氏に導入し、大名権力としての織田氏(織田権力)を考えてみようというものです。本書収録の拙稿でも書きましたし、何度でもいいますが、「中央権力を掌握」したから、秀吉にいたる天下統一の先駆けになったから、「特別な政策を行った『はず』だ」というのは、命題として成り立ちません。結果論です。本文に比べて、ちょっと強めに断言。

 私としては、織田氏から中央権力という先入観を排除して、権力の特徴を、捉え直してみたいのです。そもそも、織田研究と、その他の戦国大名研究が、まともにリンクしていない現状を、これ以上放置してよいのか、という疑問もあります。ようは、賛同するにせよ、反論するにせよ、議論をしましょうよ、ということです。

 私の担当は、柴田勝家。「柴田勝家の〜〜」とすると奇麗に並ぶのですが、武藤舜秀(敦賀郡)や前田利家(能登)についても検討しているので、こういうタイトルに落ち着きました。何で?と聞かれることがありますが、気分転換に、朝倉氏の発給文書を眺めることを、昔から結構やっていたので…。
 具体的内容は、「一職支配論」について考え直す、というものです。私にしては、ちょっと大きな議論でしょうか。シンポ当日の報告に比べると、少し手を加えた箇所がありますが(あの時は病み上がりでして…すいません)、全体の論旨そのものには、一切変更はありません。

 それと、執筆者間の議論について。細かい論点は、シンポジウムの準備報告に際し、議論を闘わせましたが、強引に統一を図ったりはしていません。各論者で、微妙に違いはあるはずです。学問ですから、当たり前のことですが。

 本書が、議論の活性化に少しでも寄与すれば、幸いです。なお、毎度ながら、以上はあくまでも私見ですので、念のため。
(2011-04-23)
○『北条氏と鎌倉幕府』受贈
 細川重男氏より、御著書『北条氏と鎌倉幕府』(講談社選書メチエ)を受贈しました。

 『鎌倉幕府の滅亡』(吉川弘文館)とセットになる本ですが、文体は大違い。出だしから笑撃…じゃなくて衝撃を受けました。文体に賛否両論あるそうですが、細川節全開、素晴らしいです。私自身は、冒頭の記述からそれなりに身構えて(?)読み進めたつもりなのですが、「おそらく寝たであろう」で撃沈。
 話しが逸れましたが、鎌倉武士のイメージをつかむ上で、最適な本であることは間違いありません。やっぱり鎌倉武士って、こんな感じですよね。何故わずか十七ヶ条しかない「建武式目」に、「一、可専礼節事」を入れる必要があったか、よくわかります。

 取り急ぎ、御礼を申し上げます。
(2011-04-21)
○須田氏著書受贈
 すっかり御礼が遅くなってしまいました。
 須田牧子氏より、御著書『中世日朝関係と大内氏』(東京大学出版会)を受贈。実は同学年であることは、あまり知られてはいない。

 大内氏を扱う際には、東アジア諸国との通交の問題が大きな比重を占めます。ただ、その研究史は非常に分厚い。それであるが故に、ひとつひとつの語句を、非常に丁寧に定義づけたり、使用する(或いは使用しない)理由を説明するという姿勢が、随所に読み取られます。
 同時に、それ自体が独立して重厚な研究史を有しているということは、その成果が関連分野の議論とリンクしづらいことをも意味します(他分野の人が、議論についていくことが難しくなる)。その点が、的確に認識されており、大内氏という地域権力の政治動向や位置づけに反映されているように思われました。

 正直、私の専門とはかなり離れていますので、咀嚼するには時間がかかりそうです。ただ、意外に問題関心や最終的な結論に共通認識を見出せていたりもします(これはちょっと都合良すぎるつまみ食い発言かな)。

 この場を借りて、とりあえずの御礼を申し上げます。しかし表紙のデザインが、本当にきれいですね。
(2011-04-19)
○佐々木氏著書受贈
 佐々木倫朗氏より、御著書『戦国期権力佐竹氏の研究』(思文閣出版)を受贈しました。

 佐竹氏専門の単著(論文集)って、はじめてじゃないでしょうか(私家版など除く)。市村さんの著書で扱われていますが、専著というわけではありません(結城氏も大きな比重を占める)。北関東って、どちらかというと下野・下総対象が多いんですよね。最終的に北関東最大の勢力となるのは、どう考えても佐竹氏なので、実に不思議な話なのですが。
 まだ読み始めたばかりですが、この一因は、研究史上における古河公方の存在の大きさと、それに対する佐竹氏の対応にあるように思えてきました。

 扱う素材こそ違うのですが、実は非常に私と問題関心が近いのです。ただ、光のあて方は、異なる部分も多いわけで(当然といえば、当然のことですね)。熟読させていただきたいと思います。

 とりあえず、この場を借りて、御礼を申し上げます。
(2011-04-17)
○新出史料・小田切編
 『川崎市市民ミュージアム紀要』23集に、小田切茂富宛ての武田家官途状(天正6年)が紹介されています(望月一樹「新出の戦国期文書二通」)。小田切茂富(大隅守)は、徳川氏の元で甲斐支配を担当した甲斐四奉行(後期、慶長5年以降)のひとり。武田遺臣ですが、実は武田時代の史料は確認されていませんでした。重要な発見です。※論文の存在をご教示頂いた方、ありがとうございました。
 なお、同論考では大隅守の実名を「昌吉」としていますが、これは系図類による誤り。一次史料(発給文書)には「茂富」とあります。この点については、要修正。

 最近、武田家臣団の家伝文書(やその一部)の発見が相次いでいます。正直、驚く程に。

 拙著で、『紹介』(地元では知られていたけれど、東京・山梨には知られていなかった)した「三枝家文書」も同様。なお、「三枝家文書」に辿り着いた経緯をよく聴かれますが、三枝氏に関する論文を書いていた時に、郷土誌とかで先行研究見落としないかな〜と、ふと思ったのです。それで、グーグルで「三枝家文書」を検索したら、滋賀県能登川町の指定文化財(合併して東近江市の指定文化財)になっていて、一覧表に入っていたという…。大慌てで、電話したという次第。

 真面目な話をすると、武田遺臣は、従来御三家と彦根藩井伊家関係に、調査が集中していました(それでも、まだまだです)。なぜかというと、武田遺臣の多くがこの四大名に仕えているということ、各家に家臣団帳があること、そして何よりも、御三家家臣・井伊家家臣の御子孫同士のつながりで、現在武田遺臣の御子孫の近況について、情報が比較的得やすいからです。

 ところが、これが旗本となると話が変わってきます。『寛政譜』などである程度までの追跡はできても、御子孫が現在どこにお住まいか、近代以後の足取りをつかむことが難しい。その他の大名の家臣化した遺臣についても、割合が小さいために、あまり手が付けられていません。手付かずといっても、過言ではないでしょう。

 新出文書発見の経緯も、多くの場合、所蔵者の方からの情報提供によります。ようするに、受け身といって差し支えない。それは非常に有り難いことなのですが、今後の課題と言わざるを得ません。

 実は、これにはもうひとつ根深い問題があるのですが・・・。長くなったので、続く。
(2011-04-13)
○岩田さんの英断
 また大きな余震がありましたね。被災地の皆さんに、被害がないことを祈ります。しかし正直、長い横揺れはすっかり苦手になりました。。。

 一部で話題になっていますが、岩田書院が2011年の学会・研究会での売上の1割を、被災史料保全への支援募金として歴史資料ネットワーク(史料ネット)に寄附することを発表されたとのこと(リンク先記事の下のほうに記載されてます)。
 利益(粗利)、ではなくて「売上」の1割。すごい英断です。心から敬意を表したいと思います。

 しかしなんというか、買えってことですよね、岩田さん(笑)。ということで皆様、私の関係本が、同社から出たらお買い上げください。学会で。私も、いろいろ買わせていただきますので。

 繰り返しになりますが、迅速かつ素晴らしいご決断に、心から敬意を表させていただきます。
(2011-04-08)
○日本史研究会例会ユースト中継視聴の感想
 昨日、日本史研究会3月例会「海外における日本史研究の現在(いま)」のユーストリーム中継を視聴。報告4つと、討論までがそのままネットで生中継されていました。日本史研究会としては4回目の試み、ただし前近代でははじめてとのことらしい。私は同会には参加したことがないので、例会自体を見るのが初めてになります。報告内容が自分の専門と関わるだけに興味深く、最後まで視聴させていただきました。

 以下、感想。まず、非常に意欲的な試みであることは間違いありません。会場参加数が50人くらいだそうで、ネット視聴者数がたしか30〜40人くらいでしたから(この数値はここで部外者が書いていいのかしらん?)、結構拮抗していますね。大盛況といって良いのでしょう。視聴者の内訳は当然不明ですが、いわゆる研究者以外の方(たとえば高校生)がいたとしたら、研究の社会還元という点で、より意義深いことだと思います。続けていけば、いずれそうした人が出て来ることでしょう。
 当日は、配付資料をPDFダウンロードで見ることができましたし、音声は極めて良好でしたから、会場にいるのとさほど変わりません。映像については、パワーポイント画像を見るには、ちょっと解像度が厳しかったというのが正直なところです。ただ、内容の理解に問題をきたすわけではありませんでしたし、技術的に改善可能な問題。討論への質問参加ができなかったのは残念でしたが、これは同会で議論して判断する問題なので・・・。

 むしろ一視聴者としてどうあるべきか、この姿勢で少し迷いました。ツイッターで感想などを時々ツイートしていたのですが、このあり方がなかなか難しい。特に興味深い内容をツイートしつつも、報告者の権利を侵害したり、報告内容をねじまげてしまうのではないか?という迷いが浮かんだわけです。最近震災関係でよく視聴する記者会見とは、これが大幅に違う点。何しろまだ文章化されていない学術報告ですし、いかんせん視聴者が少ないので、誤ったツイートが一人歩きしかねないわけで。いろいろ考えさせられた次第です。

 一部の報告は、4月頭ごろ(最長で4月10日)まで、アーカイブ視聴が可能とのこと。同会のユーストページ下部にアーカイブが出ています(一部編集された部分ありとのこと)。これまた、非常に有り難いことです(同会の皆様、リンクに問題があったらご連絡ください)。

 しかしなんというか、時代は変わったなぁ・・・。
(2011-03-27)
○戦国史研究会の公式HP
 戦国史研究会の公式HPが開設されました。
  http://www.sengokushi-kenkyukai.jp/

 次回例会の案内と、雑誌のバックナンバー、投稿規定などが掲載されています。
(2011-03-26)
○『武田氏研究』43号の刊行
 『武田氏研究』43号が刊行されました。

武田氏海賊衆における向井氏の動向小川 雄
〔史料紹介〕高野山成慶院『甲斐国供養帳』(四)―『甲州月牌帳 二印』(その2)―丸島 和洋
書評 武田氏研究会編『武田氏年表 信虎・信玄・勝頼』柴辻 俊六

 拙稿は、42号掲載の史料紹介の続きとなります。42号投稿時に、分割掲載が何回になるか予測がつかなかったので、(その1)としましたが、今回の供養帳は(その2)で終わりです。上とか下とかつけると、供養帳そのものの表題と紛らわしいと考えたせいでもあります。今後も、分割掲載の場合はこの表記を用いる予定。
 掲載写真は6点。合点や追筆、難読文字が多い箇所を中心に選びました。慶長期(6年以前【写真1〜3】と、7年以後【写真4】で変化、後者は元和期と同筆か)と元和期(【写真】5〜6)の筆跡・筆致の相違(あるいは同一性)をみていただければと思います。なぜこうも筆跡・筆致にこだわるかというと、成立時期の評価に密接に関わるためです。詳細は、(その1)の解題で。なお、今回は解題は1頁だけです。きっちり1頁に収まるよう計算するのが大好きな私。

 話はかわりますが、日本史研究会は例会をネット中継するんですね。非常に興味深い試みだと思います。日程的には…観られるか微妙なところですね。実際に観ることができたら、何らかの感想をば。あれ、こう書くと感想を書かねばならなくなるような。あくまで観られたら、です。
(2011-03-19)
○被災歴史資料保全活動
 だんだんと、宮城・福島の知人の消息が伝わってくるようになりました。ほっとする反面、発生からの時間の経過を考えると(それでもまだごく一部なわけで)、今回の震災の大きさを改めて思いしらされます。

 東北地方太平洋沖地震の被害を受けた、歴史資料・文化財の保護運動が動き出したようです。

 歴史資料ネットワーク(史料ネット)によって、「東北地方太平洋沖地震(東北・関東大震災)による被災歴史資料保全活動への支援募金のお願い」が呼びかけられています。

 おそらく、相当な長期戦になるものと思われます。この会の方々とは面識はありませんが、落ち着いたら、少しでも協力をしたいと思います。
(2011-03-16)
○NIIのサービス一時停止
 当然のことではありますが、次々に予定がキャンセルされていきます。溜まっていた仕事に向かう時間ができるわけですが、日を追うごとに入ってくるニュースの重さに、なかなか集中できません。未曾有の大震災に対し、自分に何ができるかと考えれば、「自分の仕事にベストを尽くすこと」という答えにいきつくわけですが(それが震災とまったく関係のないものであっても)、混乱時に普段通りの気持ちで生活をおくる、ということがどれだけ難しいことかを実感させられる毎日です。

 さて、地震による計画停電の関係で、学会関係のホームページにレンタルスペースを提供していたNII(国立情報学研究所)がサービスを一時停止しました。

 もともと、NIIは来年度末で学会向けレンタルサーバサービスを終了することが決まっており、既に別サーバでのHP運用を開始した学会があるようです。まだグーグルではNIIのURLのほうが上位に表示されたりするようなので(元サーバからリンク貼れない状態で、これを直すのは結構大変)、気がついた範囲で以下に載せておきます。…って大学会ばっかだ。

 歴史学研究会 http://rekiken.jp/
 日本史研究会 http://www.nihonshiken.jp/
(2011-03-15)
○確定申告のはなし
 何をみても気が重くなる話ばかり。地震・津波にせよ、原発にせよ、重大なニュースばかりなので、作業をしながら聞いていますが、これだけ情報得る手段が多様化した時代なのですから、ここまで横並びにする必要はないのでは、という疑問も湧いてきます。映像もショッキングなものばかりなので、たとえばお子さん向けの番組を増やしてあげたほうが良いような。あと、関西や海外の情報が、びっくりするほど入ってこない。

 なんとか今年の確定申告が終了。例によって国税庁の申告システムから作ったわけですが・・・去年までとかなり違う。そして使いづらい。見事にトラブったわけです。
 税制がいろいろ変わるので、システムの変更はしょうがないのですが、なんか年々使いづらくなっていませんか?数年前のシステムのほうが、シンプルで分かりやすかったように思います。

 今回の改変、正直私の目にはトラブルを増やすだけに見えました。複数ある書類作成システムのデータ統合とデータの相互移管を目標にしたようですが、はっきりいって逆効果。統合されたのはデータファイルだけなので、申告書ごとに作成システムがバラバラなのは相変わらずですし(一部は統合、ただ全体統合でないとほとんど意味が無い)、データ移管もかなり硬直的。システム作成者側の想定通りの手順で入力している場合は恐らく問題ないのですが、想定から外れてしまった場合は、かなり混乱します。電話して分かったのは、私が意図した申告方法は、税制上は正しくても、システムとしては想定外ということらしいのですが…。似たようなトラブルにあった人、いないのかなあ。そんなに変なことやったつもりはないんですが。
 かなり慣れている自信があったんですがねぇ。ここまで手こずったのは、はじめてです。自動処理はたしかに人為的ミスを防ぐ有効な手段だと思いますが、手動訂正が効かないというのでは、かえって使いづらいんですよね。
(2011-03-14)
○東北地方太平洋沖地震
 今回の地震は、どんな言葉を使っても、形容しがたい事態ですね。今日になって知人ひとりと連絡がつき、すこしばかり安堵。
 昨日は大学からの帰宅を断念。今日の昼過ぎに自宅に戻りましたが、その時間でも帰宅中と見受けられる方がかなりいました。東京のインフラの脆さに改めて愕然。あわせてJRは、申し訳ないですが復旧の遅さだけでなく、運行情報の伝達など対応が悪すぎです。

 部屋に戻ると、予想通りというか…。危惧していた本よりも(本棚はぎちぎちに詰めていたので意外と無事)、ファイリングする前の書類の散乱のほうが多かったので、片付けにはしばらくかかりそうです。

 地震の際には、大学側の指示で屋内から中庭に避難。その際にツイッターで情報を得たりしていたのですが、周辺からもツイッター云々という話がよく聞こえました。相当に普及していることがよく分かります。ただ、携帯から見る文字情報と、帰宅後に映像で見るのとでは、実感がまったく違いますね…。
(2011-03-12)
○『鎌倉幕府の滅亡』受贈
 細川重男氏から、『鎌倉幕府の滅亡』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー、1,700円税別)を受贈。

 「不敗神話」の崩壊―プロローグ

 幕府の職制
  御家人制の成立/御家人間抗争と職制/職制の成立と制度
 特権的支配層の成立
  中央集権と特権的支配層/特権的支配層の家々/特権的支配層の財力と所領経営
 鎌倉幕府の滅亡
  寄合合議制の政治/地方分権と中央集権の相克/「形の如く子細なき」政治/元弘の乱

  そして動乱の彼方に―エピローグ

 歴史学という学問において、ひとつの政権が何故崩壊したのかを説明することは、重要な課題でしょう。しかし、それは様々な要素が複雑に絡み合った結果であるわけで、決して容易な作業ではありません。とりわけ鎌倉幕府については、教科書的に滅亡の遠因とされる蒙古襲来が、いわゆる「得宗専制」(後期鎌倉幕府体制)の母胎となったことからも明らかなように、相反する評価が併存しているわけです。しかもその崩壊は、同時代人にも想像できないほどあっけないものであったわけで。「滅亡したからには、幕府は衰退していたはずだ。だからその原因を探すと、これだろう」となりがちであったように思えます(あくまで門外漢たる私の理解ですので、注意)。

 『鎌倉幕府の滅亡』は、一部特権層への権力の集中という事実を説明するとともに、その特権層の権力の背景・性格を明らかにしてそれとの関係で後期鎌倉幕府政治を読み解いていきます。そのキーとなるのが、地方分権と中央集権という観点。今までの細川氏のご研究を発展させた上で、一般にもわかりやすい形で整理されたわけでして、室町期まで見通した議論となっています。議論の核たる地方分権と中央集権という問題設定は、戦国期以降にも関わってくる重大なもの。
 文章が非常に読みやすいということもあり、一日で一気に読ませて頂きました。ところどころに「細川節」が出てくるところがまた興味深い。

 何というか、本を開いた瞬間に、「この目力がスゴイ」と圧倒されます。二重の意味で。
(2011-03-10)
○小著の刊行
 小著が刊行の運びとなりました。本日、出版社から現物を受領。

  ◆丸島和洋『戦国大名武田氏の権力構造』(思文閣出版、8,500円税別)

 『戦国大名武田氏の権力構造』

 序 章  戦国大名研究の現状と本書の視角

 第一部  戦国大名間外交と取次
  第一章  武田氏の対上杉氏外交と取次
  第二章  武田氏の対佐竹氏外交と取次
  第三章  武田氏の外交取次とその構成
  第四章  大名間外交と「手筋」―越相同盟再考―
  第五章  取次の書状作成過程
  第六章  取次の独断―島津氏の事例から―
  第七章  取次給の宛行

 第二部  大名家中の権力構造と領域支配
  第八章  武田氏の領域支配と郡司―信濃国諏方郡支配を事例として―
  第九章  武田氏の領域支配と取次―奉書式朱印状の奉者をめぐって―
  第一〇章  武田家臣三枝氏の家意識とその変遷
  第一一章  武田氏の一門と領域支配
  第一二章  室町〜戦国期の武田氏権力―守護職の評価をめぐって―

 終章  戦国大名武田氏権力の特質と構造

 カバーは「上杉家文書」より。デザインしづらい切紙の文書のうえに、「猶小山田可申候」と勝頼花押と宛先が表紙に出るようにしてください、という無茶苦茶な注文に、見事に応えていただきました(多謝)。色調は、相変わらずの緑。ただひたすら、緑。

 二部構成で、本文408頁に、索引15頁という形です。目次や凡例を加えて、430頁くらいでしょうか。付属物として、序章の後に「戦国期武田領国地図」(34頁)、11章に高野山成慶院『武田日牌帳 三番』の写真(328頁)を載せさせていただきました。後者の写真掲載は、はじめてかも。基本的に武田氏を素材としていますが、4・5章は後北条氏、6章は島津氏を扱っています。

 新稿は、序章・終章に7章(第2節前半除く)・10章・12章。他は再録となりますが、かなり手を加えました。1章あたりは、書いてから10年経っていますので、原型とは相当異なっているかもしれません。2章・3章についても、相互の構成を入れ替えたりしています。しかし改めて旧稿を読み直してみると、あまりのケアレスミスの多さに冷や汗が…。もう直す機会がないと思うと、もっと汗が……。

 お手に取る機会がありましたら、よろしくお願いします。
(2011-03-01)
○「怡斎図書」印章の伝来
 なんとか嵐のような期間が過ぎました。徐々にペースを取り戻していきたいと思います。改めて、関係各所にはお詫びを・・・って毎回書いているような。

 『日本歴史』2011年3月号に遠藤珠紀氏の「穴山信君と策彦周良」という小論が掲載されています。穴山信君(梅雪斎不白)が天正8年から使用した「怡斎図書」朱印の伝来を考証した重要論考。『山梨県史』未収の禅宗関係史料も引用されており、要確認のものばかり。珠玉の小論というのは、こういうものをいうのでしょう。

 宗教関係史料は、武田関係で一番弱いところ。きちんとカバーしていかねばなりません。
(2011-02-27)
○『天正壬午の乱』受贈
 平山優氏より、『天正壬午の乱 本能寺の変と東国戦国史』を受贈(学研パブリッシング、2,300円税別)。なんだ?この会社名、と思ったら、持ち株会社を作って会社を再編してたんですね。気がつきませんでした。あれ、話がそれた。

 平山さんという方は、村落関係の論文のほうが学会では著名なのですが、大名権力論のほうも手堅いわけです。書籍のタイプとしては、『戦史ドキュメント 川中島の戦い』上下(学研M文庫、2002年)と同様の手法をとっていて、甲斐・信濃の国衆や周辺大名の動向を史料から丹念に検討し直すことで、当該期の政治情勢を見直すというもの。今回はこれを、「天正壬午の乱」(本能寺の変後の武田領争奪戦争)において行ったわけです。

 この国衆の動向を洗い直すというのは、非常に大変な作業でして。端的にいうと、1)信頼できる史料がそもそも少ない上、無年号の書状が多い、2)史料に出て来る人物がどういう立場の人物なのか(たとえば当主なのか一門なのか、そもそも名字は何なのか)よく分からない、3)玉石混交の軍記類をベースに通史が描かれていることが多く、それに引きずられがち、4)このため、ひとつの国衆だけ調べてもわからない、5)かといって大雑把に全体の流れを見ようとすると、結局現地の実態を無視した空中戦になってしまう、6)だから誰もやりたがらない・・・というわけです。

 そのうえ、信濃の国衆研究はほとんど進んでいません。まったくの白紙の状態から立ち上げたに等しいのです。んー、なんというか、新規見解の絨毯爆撃。これは受け止める側も大変です。
 何しろ「天正壬午の乱」というのは、本能寺の変(天正10年6月)にはじまり、北条・徳川両氏の和睦(同10月末)で終わります。この間、たった4ヶ月。まるで『大日本史料』のよーだ。武田氏滅亡から書き下ろしているので、実質的には天正10年を丸々書いたに等しいのですが、それで300頁をゆうに超える本になるのですから、どれだけの労作かはそれだけで分かろうというものです。

 あとがきでも書かれてますけど、もう1冊出るんですよね?ちょっとワーカホリック気味のよーな。
(2011-02-11)
○『穴山武田氏』受贈
 平山優氏より、『中世武士選書5 穴山武田氏』を受贈(戎光祥出版、2,400円税別)。「中世武士選書」シリーズですが、復刻版というのとはちょっと違って、『改訂南部町誌』上巻(1999年)から平山氏執筆分の再録です。『改訂南部町誌』の平山氏執筆分は、事実上穴山氏の通史になっていたのですが、なかなか入手しづらい本でした(実は、上下巻セット販売なのです)。それが今回、リーズナブルな価格で、入手できるようになったのは有り難い限り。
 そのうえ、再録といっても・・・うかがっていた通り、全面改定ですね。「はじめに」読んで気がつきましたが、穴山氏260年間の歴史って、江戸時代と同じ長さ?

 第一章  戦国武将 穴山氏の成立
 第二章  穴山氏の河内支配と武田信玄
 第三章  武田勝頼と穴山信君(梅雪)
 第四章  穴山梅雪の離反と武田氏滅亡
 第五章  徳川家康の穴山氏再興と解体

 章立てをみるとよくわかりますが、武田氏滅亡後について、かなりの紙幅が割かれているというのは、武田関係の本では貴重です。特に遺臣の動きは興味深い。なお、補註もかなり多いですが、それ以外のところでも随所で改稿がなされています。カバーをフルに使って、肖像画をカラー収録していたり、帯びに花押をいれていたりと、装幀も面白い。

 ・・・またしても、あとがきで嵌められたような気もしますが。
(2011-02-05)
○『武田信長』論集刊行
 新年おめでとうございます(すでに月末ですが)。新年早々ばたばたとしていて、あまり落ち着きません。ようやく一息というところですが・・・こんなこと書くと、各所から怒られそうだ。

 戎光祥出版から、黒田基樹編『シリーズ・中世関東武士の研究 第二巻 武田信長』が刊行されました(6,000円税別)。武田信長は、上杉禅秀の乱に与同したとして自害した武田信満の次男。兄信重が京都に亡命した後も、甲斐東部の都留郡を拠点に勢力を振るい、その後鎌倉公方足利持氏に従って上総武田氏の祖となった人物です。う〜ん、マイナー(笑)。信長と聞いて、「武田」が浮かぶ人が果たして何人いるでしょうか。

 本書は、武田信長関係の主要論文に加え、上総武田氏(真里谷武田氏)関係論文をも集成し、さらに「上総武田氏関係史料」をも付したもの。従来、上総武田氏研究の基礎文献は、『袖ヶ浦市史』資料編1原始・古代・中世でしたが、今後は本書が中心となることでしょう。
 武田信長について考える上では、同社から復刊された磯貝正義『中世武士選書1 武田信重』(2010年、底本は1974年)とあわせての購入をお勧めします。

 ・・・すいません。こんなこと書いておいて、私自身がまだ買ってません。
(2011-01-30)