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甲陽雑記

〜武田氏研究のページ〜

○シンポジウム関係のご案内2件
 ぎりぎりになってしまいましたが、シンポジウム関係の御連絡です。

 ●武蔵野大学 文学研究科博士課程開設記念シンポジウム「武士と合戦」
 日時:2017年11月16日(木) 13:30〜16:00
 場所:武蔵野大学 武蔵野キャンパス 8号館 8303 教室
 パネリスト:高橋典幸・漆原徹・丸島和洋
 備考:聴講無料・事前申し込み不要

 リレー形式で鎌倉から戦国までの合戦や武装の変化についてお話しした後、パネル討論のような形になる予定です。当然ながら、戦国時代を担当します。

 ●馬の博物館 開館40周年記念秋季企画展「馬をめでる武将たち」記念講演会
 日時:2017年11月23日(木・祝) 11:00〜
 場所:馬の博物館イベントホール
 講演者・論題:   長塚孝「朝倉右京進―鞍を造る武士の周辺―」
  丸島和洋「戦国大名の軍隊における騎馬衆―「武田騎馬隊」像の変遷をたどる―」
  江田郁夫「信長を歓喜させた東国の名馬」

 午前の部が長塚さん、午後の部が丸島と江田さんになります。まあ私がお話しするのは、既に先行研究で記されたものの再整理に近いですが…。あと武蔵野大学のシンポと内容が一部かぶります。

 本企画展の図録『馬をめでる武将たち』にも、「戦国時代の書状を眺める」という題で寄稿をさせていただきました。崩し字が読めない方でも、古文書を展示でみて楽しむ方法があるよ、というものです。まあ、昨年ツイートした内容も結構多いです。
 ただ、お恥ずかしいことにいきなり書き間違えに気がつきました。  6頁下段9行目冒頭 宛所に「北条殿」「相模守殿」などと書く場合の説明   目上宛て → 尊敬表現

 「北条殿」はどちらかというと対等相手の書札礼ですし、「相模守殿」は室町幕府儀礼なら目上宛てなのですが、戦国期には一門宛てもしくは礼遇表現の場合が多いので、正確な書き方ではありませんでした。目上に宛てるなら、その次の段落にある居城宛て(「小田原」)か家臣宛ての披露状となります。大名の家臣から他大名に書状を出す場合は、居城宛てか披露状をとります。この点、訂正してお詫びします。
(2017-11-14)
○「考証ズ」と呼ばないで
 いろいろ慌ただしく、また更新が滞ってしまいました。月曜のイベントにお運びいただいた皆さん、ありがとうございました。ちょっと失敗したなと思ったのは、内容のSNSアップ禁止を通達し忘れたこと。どうやっても私が話した内容とズレがでるので、ちょっと困るんですよね。消して欲しい、というわけではないんですが。他の禁止とした講演での内容をアップする方が出てきていて、それじゃあアップ禁止を御願いしたイベントの話もいいよな、と考える方がでてきていて(当然そうなりますよね)。案の定、話したはずがない内容が出回っているようです。

 さて、11月11日(土)の上州沼田まつりで、平山さんと真田氏に関する「歴史対談×沼田と真田〜NHK大河ドラマ「真田丸」時代考証が語る〜」をやります。タイトルは「沼田と真田氏について」ですが、岩櫃も含んだ話をさせていただく予定です。
 書籍販売の許可もおりましたので、『本藩名士小伝』はじめ、真田・武田に関する著書を持っていく手配を進めています。少し割引販売をさせていただきます。

 こういうイベントを受けておいてなんなんですが、もう「考証ズ」というよくわからん「渾名」はご辞退したいな、と思っています。もともと高木さんたち「カローズ」に乗っかったその場限りの冗談めいた言葉と思って気にしないでいたのですが、どうも一部で定着しているようですね。ちなみに私は一度も使ったことはありません。
 「元」がつこうがなんだろうが、「真田丸」はもう一年前の大河で、今年の「直虎」も佳境です。現時代考証の小和田・大石両氏に申し訳ないですし、これは次の時代考証に対しても同様です。もともと、風俗考証の佐多さんをはじめ、他の考証も含まれていれていない呼称で(入れられても迷惑でしょうが)、その意味でもどうかな、と思っています。考え方は人それぞれなのでしょうが。

 御礼の遅れ。最初の『勝頼』刊行イベントに際し、小栗さくらさんからお花を頂戴いたしました。心より御礼申し上げます。
(2017-11-08)
○『校注 本藩名士小伝』刊行
 『校注・本藩名士小伝 真田昌幸・信之の家臣録』(高志書院)の見本誌が家に届きました。数日中に店頭に並ぶと思います。もう少しだけ、お待ちください。なかなか表紙が良いデザインで、気に入っています。

 『武田勝頼』刊行講演会第3段を、11月6日(月)に、ジュンク堂池袋本店でやらせていただくことになりました。19時開場で、事前予約が必要なようです。詳細はこちらを御覧下さい。

 今月から来月にかけ、戦国時代に関する展示が非常に多いです。ちょっと回りきるのは無理かな。でも東北と九州は行きたいし…。あ、今日から日本古文書学会大会で沖縄です。なので、戦国史研究会例会は欠席します。すいません。
(2017-10-14)
○『戦国遺文 下野編』受贈御礼
 荒川善夫・新井敦史・佐々木倫朗編『戦国遺文 下野編』第一巻(東京堂出版)を拝受いたしました。「下野国の戦国大名である、宇都宮氏・那須氏・小山氏・皆川氏の発給・受給文書および家臣の文書、関連文書などを収録(全3巻)」とのことで、第一巻には応永30年〜天正元年の文書や供養帳の記載など1〜984号が収録されています。

 それから『武田勝頼』刊行講演会第2段を、11月3日(金・祝)に、精文館書店本店でやらせていただくことになりました。場所は、豊橋市民センターとのことです。詳細はこちらを御参照下さい。

 今月は少しゆとりができました。ここで一気に仕事を片付けないと厳しい…かな。
(2017-10-07)
○連絡事項
 連絡事項。平井上総『兵農分離はあったのか』に関しまして、詳細はお話し出来ないのですが、製本過程で不慮のトラブルが生じたとのことです(つまり平井さんが原稿を手放した後)。このため発売延期の対応をとったそうなのですが、既に書店に並んでいる分もあります。詳しくは、平凡社のウェブサイトを御覧ください。

 本の内容は、本当にすばらしいです。問いをたて、それに具体的史料を示して回答を用意するという理想的な書き方で、非常にわかりやすい内容です。学界でも「大」論争中のテーマですが、明快に考えを示されていると思います。この問題は、僕の本でも長篠のところなどで少し触れていますが、ほんのさわりです。そこで説明が足らないと思われた方は、平井さんの本を是非ご参照下さい。

(2017-09-27)
○試されるのは誰だ?
 過日、『シリーズ中世から近世へ 武田勝頼――試される戦国大名の「器量」』の見本刷りを受け取りました。といっても、到着日には戦国史研究会の地方例会で松江にいた上、台風で予定通りの帰宅が不可能になったため、現物をみたのはだいぶ遅くなりましたが…。同時刊行の平井上総『兵農分離はあったのか』ともども、よろしく御願いします。

 それで刊行講演会をやらせていただくことになりました、というのは前回お話しした通りです。あんまりこういうのは得手ではない、というか初めてなのですが、なぜ一連のシリーズで私がやることになったかといいますと、当初予定では、私が第1段、シリーズ1冊目であったという刊行計画の名残です。今年に入っても、思うように身動きがとれず、結果的に第2段、シリーズ3冊目にまわりました。
 まあ、ペガサス級1番艦「ペガサス」の完成が、2番艦「ホワイトベース」よりも遅れたけれど、ネームシップの扱いは受けたみたいな(意味不明)。表紙色ですが、ようやく念願かなって「緑」です。希望出したのではなく、偶然。量産型ザク、もといエゥーゴカラー。同盟のモスグリーンではなく、ライトグリーンで。岩田では赤ばっかだったからね…。赤は色々早死にしそうで嫌いです。ん?緑はもっとさくさくやられるか。

 ただ本書は、勝頼の父信玄がなかなか死にません。もっとさくっと殺そうと思ったんですが、家督相続時の勝頼の置かれた状況を説明する必要があると考え、どうしても削りきれませんでした。長篠合戦もたくさん単著が出ているから短くていいかなと思ったんですが、織田との比較の関係で、予定外に増えました。このあたりは、「書きたい内容」と「期待される内容」のバランスを考慮したせいでもあるんですが、「敢えて外して書いている」側面の多い本です。そのあたりは、あとがきで。あとがきはページ数たんなかった上、僕の勘違いで編集からの要望よりも1ページ短く書いてしまって、ちょこっとしかないけど。

 そして来月、ようやく『校注・本藩名士小伝 真田昌幸・信之の家臣録』(高志書院)が刊行の運びとなりました。高志書院様、大変御迷惑をおかけしました。また刊行が遅れました段、関係者を代表してお詫び申し上げます。事実上、私の所で作業が止まっていたので…。柴辻俊六・山中さゆり・小川雄3氏の翻刻・校訂で、私が校注・解題担当です。その結果、代表著者がいつの間にか私になってしまいました。私は後から参加した形で、一文字も起こしていないんですけどね。何箇所か、誤読の訂正はしましたが。

 土曜日は、淑徳大学東京キャンパス3号館アリーナで行われる伊達政宗生誕450年記念シンポジウム「伊達政宗、戦国大名から藩主へ」(13時半から17時、事前申し込み不要・定員300人)に顔を出す予定です。ただ、このところ結構慌ただしくて、また体力と気力がつきかけています。松江からの帰りが、あんなにしんどくなるとは予想してなかったからなぁ…。あと、私は論文や本が出たりすると、「あーすればよかった、こーすればよかった」と考えて、かえってへこむんですよ。
(2017-09-22)
○『武田勝頼』刊行に向けて
 今月末に、平凡社『シリーズ中世から近世へ 武田勝頼――試される戦国大名の「器量」』が刊行になります。ちょっと頁数オーバーで、値段が当初発表価格よりあがってしまいました。申し訳ありませんm(_ _)m
 同時刊行が、平井上総『兵農分離はあったのか』です。こちらもよろしく御願いします。

 関連して、刊行講演会をやらせていただくことになりました。9月25日(月)19時より、ブックファースト新宿店地下2階Fゾーンイベントスペースで行います。詳細はこちらを御覧下さい。

 同書校正作業用(主に地図)に、プリンタ複合機をA3対応のもの(ブラザーのMFC-J6580CDW)に買い換えました。以前使っていたものは、本のノドの部分が少しでも浮くと上手く読み取れずにぼやけてしまい、正直使い物にならなかったのですが、メーカーの方に伺ったところ、7年くらい?前に内蔵カメラの性能が一斉に落とされて、どのメーカーのプリンタでも駄目だということ。
 ただ購入した機種は、補正機能がついているのでまだましだということで、机の上に乗るかどうか、寸法だけ測った上で購入しました。ともかくばかでかいのですが、A3出力にも対応しているので、何かと便利です。今のところ、補正機能は十分な能力を発揮してくれているようです。

 進捗状況。高志書院から刊行予定の『本藩名士小伝』は著者校了をしました。もうちょっとだけお待ちください。

 昨日まで、真田関係の文書調査で群馬に行っていました。明後日からは、戦国史研究会の地方例会で松江です。8月は執筆・校正で慌ただしかったのですが、9月は現地調査やら学会やらで埋まっています。何とかその間をぬって、いくつかの論文・著書を書きあげねばいけないのですが…。
(2017-09-13)
○2017年度秋期公開講座のご案内
 今期秋の公開講座の御知らせを載せておきます。

●早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校
(1)「古文書からみる戦国時代― 徳川家康の重臣たち―」
 全10回 ・10月04日 〜 12月06日(毎週水曜・13時〜14時半)
 戦国時代の古文書の崩し字を読む講座です。今回は、徳川家康重臣の古文書を読み進めます。あわせて、その文書から何が読み取れるかもお話しします。
(2)「人物でたどる戦国史―史料からみた戦国武将の実像・豊臣政権編―」
 全10回 ・10月04日 〜 12月06日(毎週水曜・15時〜16時半)
 同時代史料をもとに、小説や講談・ドラマ、あるいは研究において定着してしまった虚像を考え直したり、あまり馴染みがないけれど戦国時代を考える上で重要な人物の紹介を行います。こちらは完全な講義形式になります。

※どちらも、現在は会員先行受付期間です。もう少ししたら、ウェブ・電話での一般申し込み受け付け開始となります。
※講座が開始すると、ウェブ上では「受け付け終了」と表示されますが、電話申し込みは継続して受け付けているそうです。ただし、受講料は変わらないとのこと。

●武蔵野大学生涯学習講座
(1)「「軍事政権」としての戦国大名―武田氏滅亡の背景―」
 全1回・2018年1月13日(土) 13:00〜14:30 千代田サテライト教室
 連続講座「第四弾 武士の権力論」のひとつです。この連続講座は、好きな講座だけ受講することが可能です。こちらは、総論または特論をお話しする講義です。
(2)「戦国時代の女性の文書を読む」
 全1回・2017年12月5日(火) 15:00〜16:30 三鷹サテライト教室
 連続講座「史料から日本の歴史を考える 第四弾」のひとつです。こちらも、好きな講座だけ受講することが可能です。(1)と違い、古文書を解説しながらそこから何が読み取れるかをお話しする講座です。なお、今回は講師によって曜日が変則的になっておりますので、ご注意ください。

●NHK文化センター青山教室
(1)「中世の古文書を読む〜武田勝頼編〜」
 全6回・2017年10月19日〜2018年3月15日(毎月第3木曜・15:30〜17:00、一部変則日程あり)
 今度平凡社から著書『武田勝頼』を刊行することにあわせ、武田勝頼が出した書状や命令書を読んでいきたいと思います。
(2017-08-26)
○よろしく御願いしま〜す!
 この間、サマーウォーズをチラ見しながら、ああ、ガラケーなんだな、2009年公開だっけ、と思いつつ。

 久しぶりに、いくつかのところで長めのレポートを出したわけです。それで採点をしようとして「あっ」と。うっかりしてました。数年前にレポート課した時は、「レポートの書き方」を解説するようにしていたんですが、今年はそれをやってなかったんですね。
 そしたら「改行=段落替えがない」人がかなりの割合でいる。A4で2頁くらい、びっしり文字で埋め尽くされているレポートが続出したわけです。段落冒頭を一文字あける人も少ないので、改行してくれていてもよくわからないから、あんまり意味がない。

 これを100枚200枚読むとなると、どんなにすばらしい内容でも、流石に辛い…。そうか、高校までは手書きがメインだから、大学入ってパソコン提出になると気がつかない人が結構出るのか。ショートメールだとあんま改行いれないし、ブログだと行頭下げることしない人多いし。文化の変化に対応がうまくできていないな…。だから前は注意をいれるようにしてたんだっけか。でも他の教員が出したレポートでも同じ事やっているわけだよな、と。むぅ。
(2017-08-24)
○御礼をいいたいんだけれど、「講演」とSNSの相性について
 付記を追加しています。末尾参照。

 過日は徳川美術館での講座にお運びいただきました皆様、ありがとうございます。信濃毎日新聞に、真田昌幸書状(行方不明だったものの再発見)についてコメント出しています。なお、念のためいっておくと、私は取材において「自筆」と断定はしていませんので、ご留意ください。

 帰宅後、メールチェックをしていたら、知人から急ぎSNSを見るようにという連絡が入っていました。確認して、これはどうしたものかと考え込んでしまいました。今回の講演、非常に暖かい聴衆の皆様に恵まれ、お話しをいただいて本当に良かったと思って帰京しました。が、ツイッターでエゴサをかけた瞬間に暗転しました。

 まず、私に「脇の甘さが多々あった」ことは正直認めざるをえません。私は普段あまり快活なほうではありませんので、初対面の方と話す時や、イベントでは意識的にはっちゃける傾向があります。それが悪い方向にまわってしまったな、というのが正直なところです。いくつかメールを出し、すでにご対応いただいたところもありますが、すべてではありません。

 根本的な問題は、どの情報を「ツイートして良いか」という認識の隔たりであるかと思います。私の本音を言えば、講演の内容まとめも止めていただきたいというのが正直なところです。遠いところお運びいただいた方や、講演によってはお金を取るところもありますし、その後一般書や論文にまとめる予定の(あるいはそういう約束が出来ている)ものもあります。それをネットでまとめられると、前者は不公平、後者は関係各所に迷惑という問題が出てきます。
 今回も、講演の撮影・録音の禁止が最初にアナウンスされていました。じゃあ、要約ならOKという思考過程そのものが、僕には理解できません。要約であっても、その文章の「主」は僕の話になるわけでして、これが本であったら「著作権法」と関わってくる問題ではないでしょうか。少し安易に考えすぎじゃないかな、と思うのです。講演で話した内容は、相当な時間をかけて作ったものです。この前もテレビ局から「無料で番組作成に全面協力して欲しい(丸投げしたい)。御礼は番組のラストにクレジットをいれる(から有名になれる)」という依頼に激怒したばかりですが。なおツイッターのまとめを容認していたのは、ツイッター社の規約を踏まえてのもので、自身のHPへの大量転載については、一時法的対応を検討したこともあります。

 さらにいえば、話の内容というのは案外正確に伝わりません。私の発言を180度逆に受け取られる方もいます。それは普段の講義・講座でも散々体験していることで、慣れっこですし、その部分の話し方に問題があったという有難い反省材料になるのですが、たとえばGWのイベントの時には、平山やNHKのプロデューサーの発言が、私の発言として拡散していたことに気がつき(しかも記憶違いで内容が誤っている)、閉口しました。
 今回でいえば、たとえば「今川に関する本を書く」などとは一言もいっていません。誤解された発言がどれか、何となく想像が付き、「今回会場に持ってきた『今川氏研究の最前線』という本、一部を書かせていただいています。実はある方から一冊書きませんか?といわれたんですが、それを僕がやるのはちょっとよくないですねと御返事していたら、予想外の人が執筆して」(実際にはもう少し具体的に発言してますが、ここでは書けません)云々というくだりだと思います。

 話す際、堅苦しい話ばかりでは面白くありませんから、講演時にはいろいろな小ネタを混ぜます。そのひとつが、「裏話」です。問題は「裏話」には、思わぬところから「あの発言はやめてほしい」と連絡がくることがある、という点です。SNSでさんざんツイートしてきた人間が今更言うのかという気もしますが、「裏話」をネットで拡散されると、正直「裏話」はできなくなります。私の場合、関係者が存在する「裏話」であれば、事前に「あの件、話してもいいですか?」と確認を取ったりするのですが、全部は無理です。またあまりにダダ漏れになるようであれば、「もう裏話はやめたほうがいい、完全に自分しか登場しない、自分自身の失敗談だけにしよう」となっていかざるを得ません。困ったことに、「講演内容をSNSに書くのは止めてください」と主宰者が話すと、「それなら雑談部分はいいんだ」と受け止める方が多いらしい、ということです。ただ、「自分たちだけが知っている」という感覚に陥るのはわかります。当然、喋りたくなる。という風に整理をしていくと、「裏話」はしないほうがよい、という結論にいたるわけです。

 それで今回の最大の問題点は、懇親会や移動時の雑談内容がSNS上でダダ漏れであった、ということです。お酒が入っていますから気楽になりますし、少人数での移動中であれば、それこそ「ここだけの話」を雑談で「してしまいます」というか、「してしまいました」。まず、その情報の流出は、洒落にならないレベルでしたので、早急な対処(つまり削除)を要請しました。正直なところ、事前流出してしまった以上、担当者に電話謝罪して、企画そのものを再考(言い換えると中止)していただいたほうがよいのではないかと深刻に受け止めています。これは、完全に私のミスです。

 私の本業は、あくまで研究者です。一般書の執筆は、黒田などもあとがきで書いたりしていますが、自身の学問で明らかにしたことの社会還元を積極的に行うべきだという考えに基づくもので、講演などもあくまでその範疇です。この前「久しぶりに古文書学関係の論文」を発表できたと書きましたし、戦国史研究会のシンポジウムでも報告をしました。本当にしっかりとした論文・研究発表そのものが久しぶりで(論文執筆はしているのですが、印刷・編集・刊行間隔の関係でまだ発表には至っていない)、ここ数年、脇道に逸れすぎてしまったと思っています。

 今度『武田勝頼』を出す関係で、いくつか講演のお話しをいただいています。打ち合わせにすら至っていないので、本人である私からすら、公的にお話し出来るのはこのレベルですが、それも含めた講演関係の話が、ネット上で漏れてしまいました。完全に私の責任で、たとえば平山となら話せる案件ですが、寝不足の状態でお酒を飲んだので、人の輪から外れた場所を選ぶとか、そういう配慮すら欠けていたかもしれません。流れた内容をみても、私がしたであろう発言どおりにはなっていませんでしたから、余計頭が痛いものでした。

 実をいうと、私の方がせっかくお声がけいただいたのだからと積極的だったのに対し、編集者が私の本業に支障をきたすのでと慎重反応、という通常と逆の応対関係だったのですが、今回の件で、完全に考えが変わりました。

 最近、いくつかの講演会の様子が漏れ聞こえてきますが、少し「おかしい」。ファンクラブの集いのような感じに聞こえます。歴史に興味を持ってくれる人が出るのは有難いですし、研究者が歴史愛好家と親しく交わるのもいいでしょう。ただ、その時自分を律する事ができるかどうか。一線を踏み外している人が以前より増えているように思います。私自身も、変に舞い上がって自分で自分を見失ってしまう危険性を感じました。あるいは既にそうなっているのかもしれませんし、何人かから、その兆候のご指摘を頂戴しています。これは、非常に危うい。何がどうまずいのかを説明するのは難しいのですが、そのままいくと同業者から研究者として扱われなくなります。論文・学術書を書くペースを戻しても、研究者としての信頼を失いかねない。同業者からの評価が、世間の評価と大きく乖離していることは、ご想像ください。このままでは、自分が積極参加したいと思う交流的なイベントも(講演と重なって行けなかった「雁金をどり」なんか典型ですね)、自重せざるを得なくなってしまいます。

 どうも少し、自分を見つめ直した方が良さそうです。講演関係も、すべて白紙にして考え直しですね。そもそも、企画段階の話を漏洩させてしまったことは、私の大きなミスですし。

【付記】
 今回、お手伝いをいただいた方々には本当に感謝をしています。また上で指摘したいくつかの問題については、「善意から生じた行き違い」であることは、重々承知しています。
 ただ、口頭での発言と、「SNSやブログでの発信」とでは重みが違う。後者には社会的責任が伴います。そのあたりの「ルールというか、合意が未確立である」のが現状だと思います。そのことをお話ししておきたかった、というよりも、せざるを得ない状況になってしまいました。
 いずれにせよ、今回の案件の多くは、私に責任が帰するものだということを、改めて強調しておきたいと思います。なぜならば、ひとつには私の不用意な発言が招いたものである上に、この手の事案は私の方が経験豊富だからです。

【付記2】
 懇親会関係の話、納得のいく説明を複数の方からいただきましたので、「解決」という判断で関連部分を削除しました。やはり「行き違い」という側面が大きかったようです。御迷惑をおかけした方もいたようです。この点、お詫び申し上げます。
(2017-08-14・15)
○「お薬手帳」って大切!
 徳川美術館での講座「天下人と戦った武田と真田」、8月11日(金・祝)です。準備その他でばたばたしています。

 久しぶりに「武田氏研究文献目録」と研究業績の更新をしました。といっても、半分くらい。何とか時間をみつけて、補っていきたいと思います。

 この前、ちょっとした検査を受けました。幸い検査結果は何の問題もなかったのですが、事前に看護師と打ち合わせをしなかった結果、投与された薬の副作用で大変な事態に。
 検査の予約をした日の問診票に、「薬に関するアレルギー」「現在服用している薬の有無」の覧がありました。前者は「なし」で、後者は「あり」と提出したら、「検査当日、お薬手帳が『あったら』だしてください」といわれたのです。・・・が。検査日にはそんなことすっかり忘れてしまい、特に手帳は出さず。注射に際して「アルコール消毒、大丈夫ですか?」と聞かれただけで、特に質問もされなかったので、そのまま検査を受けました。服用している薬に関する情報は、電子カルテに登録されているし(後で考えたら、過去の経験上、この病院の医者は他の医師が書いた電子カルテを読む習慣がついていない=電子カルテの意味がほとんどないことを思い出したのですが)。

 検査ですから、いろいろ薬が投薬されます。で、ある薬を追加した瞬間、がくんときました。脳みそがぐらぐら揺すぶられるような感じで、視界が激しく明滅して収まりません。「あれ?あれ?」と思いながら、声がうまく出せない。ちょっと経験がない状況。
 事態に気づいた看護師が嘔吐を防ぐために体の向きを変えてくれたのですが、吐き気はない。急いで血圧測定―――問題ないとの声。ただ声が上手く出せない上に、頭がまったく回らないので、自分の状態が説明できない・・・。深呼吸をという呼びかけが聞こえる――そう、それでいい――(いや、よくないだろ)――何か飲んでいる薬はある?――普段ならすらすら言える薬の名前が出てこない・・・。もの凄いアバウトに回答――。

 何とか自然回復を待って立ち上がれるようになったのですが、もうしばらく安静にという指示で、別のベッドに。隣から、医師と看護師の会話が途切れ途切れに聞こえてきます。――後になって薬飲んでるって話が出て――だいたいどうしてこの薬を投与したの?不要だったじゃないか――ルーティーンで・・・――この薬は・・・と一緒に使っちゃいけない・・・発作起こす可能性があるから・・・現に・・・――そうなんですか・・・―――ええと何、この会話。医師は外部スタッフの場合も多いから、病院の細かいルールを把握していないことはあり得る。けど、看護師判断で投薬していい薬じゃないような・・・。

 ともあれ、「お薬手帳」をみせることがいかに大切かを思い知りました。緊急時にも持ち出せるように、携帯しておきましょうね。まあ鞄の中に入っていたんですが。
(2017-08-07)
○コーヒーブレイク
 戦国史研究会シンポジウム「戦国期の大名と「国衆」」、ついに明日になりました。私は北陸・上杉氏担当です。かなり駆け込みで、ふらふらです。きつかった・・・。

 『武田氏研究』56号が刊行となりました。一般向けには、岩田書院さんから発売になります。目次は下記参照。

記念講演
真田氏に関する絵画史料二題中澤克昭1
論文
武田信虎の富士登山―大永二年の登頂をめぐって―小林雄次郎17
大坂夏の陣における道明寺合戦の再検討―真田信繁の動向を中心に―蒲原二郎39
史料紹介
武田・徳川同盟に関する一史料―「三ヶ年之鬱憤」をめぐって―丸島和洋58

 中澤さんの記念講演(昨年総会のもの)は、蓮華定院所蔵伝真田昌幸・信繁像の像主および新出第一次上田合戦図について。吉川弘文館から刊行の御著書とあわせてお読み下さい。小林論文は戦国期の富士登山を「自然」という観点を強く意識して捉え直したもの。蒲原論文は、あたうる限り信頼性の高い史料を用いて道明寺合戦における真田信繁濃霧遅参説を否定したもの。拙稿は、土屋昌続宛榊原康政書状写の紹介です。

 次に勉誠出版から、湯山賢一編『古文書料紙論叢』が刊行されました。執筆者数合計43名、総ページ数896頁という大部なものです。ちょっとあまりに大部すぎて、ここには目次を転載できません。丸島は、「二枚一重の折紙―ある思い込みからの脱却」という文章を書かせていただきました。久しぶりに古文書学関係の論文です。

 著作関係の進捗状況。『校注 本藩名士小伝』(高志書院)ですが、9月刊行予定でリスケジュールをしました。ちょっと私のほうがいろいろ限界でして…。遅くなり、本当に申し訳ありません。
 平凡社の選書「シリーズ 中世から近世へ」』。第一段として柴裕之『徳川家康 境界の領主から天下人へ』、黒田基樹『羽柴家崩壊 茶々と片桐且元の懊悩』が今月末に刊行です。平凡社のサイトで、表紙が公開されました。丸島はなんとか某君の続刊と一緒に8月末に刊行すべく、動いています(現状はゲラ戻し済み)。

 8月11日(金・祝)に、徳川美術館でお話しをする機会をいただきました。企画展「天下人の城」関連講座です。論題は「天下人と戦った武田と真田」ですが、何をお話ししましょうか、ね。
 時間は、午後1時30分〜3時、午前10時より整理券配付(先着順)、午後1時開場。会場は徳川美術館講堂、定員:120名。参加費は入館者聴講無料(入館料は別途要)、だそうです。なんか大事(おおごと)になってきてしまいました…。

(2017-07-15)
○徳川美術館「天下人の城」の講演
 過日、『読売新聞』中部版社会部の連載「探訪 東海百城」の取材を受け、堀越御所の回で北条早雲(伊勢宗瑞)の出自についてコメントしました。非常にわかりやすく記事化していただいています(「北条早雲(1)「素浪人」 実は名門出身の若き官僚だった」『読売新聞』中部版2017年6月11日、ネットは同12日付)。
 あわせて、徳川美術館の展示「天下人の城」で8月11日(金・祝)で講演をやらさせていただきます。論題その他は検討中です。紹介記事はこちらの関連記事をご参照下さい。

 報告できる進捗事項。『武田氏研究』56号、無事校了しました。7月2日(日)の総会で配布開始です。平凡社の選書「シリーズ 中世から近世へ」の『武田勝頼』、校正を開始しました。今まであまり積極的に論じたことはなかったのですが、私個人の『甲陽軍鑑』への接し方に少し紙幅を割いています。
 ただしばしば登場する『甲乱記』までは、十分に言及できていません。論文で最善本の紹介を行ったときに書いたのですが、一般書向けではさわりくらいしか記していないんですよね。

 このところ、「二次史料」にどう接するかをめぐる議論が、盛んのようです。ただ、個人的にはもう少し冷静な、学術的議論の形であれかし、と思います。ゼロか百か、という話ではないのですが、どうも研究者間でも「人格批判」のような感じになっているように思われ、いささか懸念しています。
 そういう状況ですから、これを一般の方に説明することには、相当な困難を感じています。たとえば武田関係の軍記物でも、『甲乱記』『甲陽軍鑑』『武田三代軍記』などいろいろありますが、それぞれ成立の経緯・時期が異なりますから、それに基づいて史料的価値は異なります。また、『甲陽軍鑑』ひとつをとっても、全体を通じての史料的価値が同じではありません。二次史料は一定の執筆意図に基づいて編まれているわけで(一次史料でも、まったく無色透明ということはないのですが)、それを踏まえて私がどう位置づけて、どの箇所をどう扱っているのかというのは、研究者相手でも、直接対面して話さないと上手く伝わらないというのが正直な感想でして、いろいろ考えあぐねています。
(2017-06-19)
○2017年度夏期公開講座と武田氏研究会総会・記念講演のご案内
 今期夏の公開講座の御知らせを載せておきます。

●早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校
(1)「古文書からみる戦国時代―井伊家の人々の文書を読む―」
 全8回 ・07月12日 〜 09月06日(毎週水曜・13時〜14時半)
 古文書の崩し字を読む講座です。大河ドラマ「おんな城主直虎」関連文書を読みながら、「井伊谷徳政」と「井伊直虎」その人を考えます。講座前に配付したプリントをその場で読み進めながら、崩し字の読みの解説をします。あわせて、その文書から何が読み取れるかもお話しします。
(2)「人物でたどる戦国史―史料からみた戦国武将の実像・天下一統編―」
 全8回 ・07月12日 〜 09月06日(毎週水曜・15時〜16時半)
 同時代史料をもとに、小説や講談・ドラマ、あるいは研究において定着してしまった虚像を考え直したり、あまり馴染みがないけれど戦国時代を考える上で重要な人物の紹介を行います。こちらは完全な講義形式になります。 ※講座が開始すると、ウェブ上では「受け付け終了」と表示されますが、電話申し込みは継続して受け付けているそうです。ただし、受講料は変わらないとのこと。

●武蔵野大学生涯学習講座
(1)「戦国大名という「地域国家」」
 全1回・2017年7月15日(土) 13:00〜14:30 千代田サテライト教室
 連続講座「第三弾 武士の権力論」のひとつですこの連続講座は、好きな講座だけ受講することが可能です。こちらは、総論または特論をお話しする講義です。
(2)「戦国大名の同盟と戦争」
 全1回・2017年7月26日(水) 10:00〜11:30 三鷹サテライト教室
 連続講座「史料から日本の歴史を考える 第三弾」のひとつです。これはもう開講開始していますね。こちらも、好きな講座だけ受講することが可能です。諸事情で、今回は私だけ時間が午前中になっていますので、注意。(1)と違い、古文書を解説しながらそこから何が読み取れるかをお話しする講座です。

●NHK文化センター青山教室
(1)「中世の古文書を読む〜NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」編〜」
 全6回・2017年4月20日〜9月21日(毎月第3木曜・15:30〜17:00)
 こちらも、大河ドラマ「おんな城主直虎」関連文書を読み進めています。早稲田と違い、月一回ですので、注意。既に開講済みですが、途中受講可能です(途中参加の場合の受講料については、NHK文化センター青山教室にお問い合わせください)。

 よろしく御願いします。他にもお話しする機会があるのですが、詳細を詰めていないので、また後日ご案内させていただきます。

 次に、武田氏研究会の総会・記念講演会が下記要項で行われます。例年は6月末の土曜に行うのですが、ちょっと変則的な日程になっています。

  開催日:2017年7月2日(日)
  場所:帝京大学文化財研究所 講義室(最寄り・石和温泉駅)
  総会:14時〜15時(会員のみ参加可)
  記念講演:15時半〜16時50分
  講師:木村茂光氏「頼朝政権と甲斐源氏」(参加自由)
  懇親会:17時〜 「魚民石和店」(要事前申し込み、会費5000円)
 懇親会が事前申し込み制となっていますので、ご注意ください。詳細は、帝京大学文化財研究所内武田氏研究会事務局(055−263−6441)にお問い合わせください。
(2017-06-12)
○儀式から再び幕は上がり・・・
 予想外にいろいろ立て込みまして、まったく身動きが取れませんでした。ようやく、一息というところです。原稿山積みは解消されてないんですが、久しぶりに休みを取りました。
 先日、「真田丸」河原綱家役・大野泰広さんのお母様が経営されている居酒屋「気まぐれ」(日暮里駅下車すぐ)をひとり訪問してきました。満員御礼・・・と思ったら、いろんなイベントで顔なじみの「真田丸」ファンの皆さんが飲まれていて、ご一緒させていただきました。大野さんもお仕事後、お疲れのところを御呼びしてしまった感じになり、かえって御迷惑をおかけしたような気がします。でもほんと、お酒も食べ物も美味でした。

 大幅に敢行が遅れていた『戦国史研究』73号が刊行されました。(会員の皆様への発送作業終わりました…06/12書き替え)。

論文
伊勢貞親と細川勝元―連携とその破綻の実態をみる―家永遵嗣1
永禄期の三河国牛久保の牧野氏とその家中茶園紘己17
羅針盤
青年期の細川晴元馬部隆弘32
新出資料・北条氏綱判物について阿諏訪青美34
讃岐における毛利・長宗我部関係中平景介36
天正八年における有馬氏と龍造寺氏の和平交渉林田祟38
戦国史関係論文目録(平成28年1月〜6月) 40
例会記録・例会報告要旨・会員消息・投稿規定 47

 なお、例会報告要旨に昨年8月の拙報告「敢えて、実名を記す―「二字書」という書札礼と方広寺鐘銘事件―」の概要が掲載されています。これも急いで論文化したいところなんですが…。

 また、大石泰史編『戦国史研究会史料集5 井伊直政文書集』(戦国史研究会)も刊行されました。全235点の文書を収録しています。戦国史研究会例会および歴史関係の学会大会、および通信販売(要送料)も受け付けております。本体は1,500円です。
 どちらも、戦国史研究会公式ウェブサイトを御覧下さい。なお、雑誌については吉川弘文館取り扱い、史料集については戦国史研究会取り扱いです。ご注意下さい。

 次に、日本史史料研究会監修・大石泰史編『今川氏研究の最前線 ここまでわかった「東海の大大名」の実像』(洋泉社歴史新書y)が刊行されました。丸島は、「【武田・北条氏と今川氏】今川氏の栄枯盛衰と連動した「甲駿相三国同盟」」を執筆しています。

はじめに―具体的な"今川氏像"を目指して大石泰史3
第一部・今川領国の領主たち  
【今川本家と今川一門】駿河今川氏の「天下一名字」は史実か清水敏之26
【今川氏の主従関係】今川氏の被官と「駿遠三」の国衆遠藤英弥50
【外様国衆・井伊氏と今川氏】今川氏の「徳」が問われた「井伊谷徳政」とは?糟谷幸裕68
第二部・今川氏の外交  
【今川氏と京都】公家・将軍家との「外交関係」を支えた今川家の側近たち大石泰史92
【武田・北条氏と今川氏】今川氏の栄枯盛衰と連動した「甲駿相三国同盟」丸島和洋117
【三河・尾張方面の情勢】織田氏との対立、松平氏の離叛はなぜ起きたか柴裕之143
第三部・桶狭間合戦前後の今川氏と周辺状況  
【桶狭間合戦と義元上洛説】「三河守任官」と尾張乱入は関係があるのか木下聡166
【今川義元と太原崇孚】臨済宗寺院の興隆と今川氏の領国拡大小笠原春香184
【南信濃・東美濃と三河】桶狭間敗戦以降の三河情勢と「今川・武田同盟」小川雄204
第四部・今後期待される研究テーマ  
【考古学からみた今川氏】今川氏時代の城館跡の特徴を検証する望月保宏224
【今川氏と検地】「検地」の実像は、どこまでわかっているのか鈴木将典243
【今川氏と和歌】文学活動に長い伝統と実績を持つ家柄小川剛生261

 結構みなさん踏み込んだ見解を書いています。論文にしたほうがいいんじゃないかしらん、と思うぐらいです。

 今後の新刊予定・発表論文はいろいろあるんですが、結構長くなったので、とりあえず平凡社分だけ。平凡社より、選書として「シリーズ 中世から近世へ」の刊行を開始します。人物編と事項編とでもいったらよいのでしょうか、ざっくりいうと二本立てで、若手を中心としたラインナップでいく予定です。その第一段として、柴裕之『徳川家康―境界の領主から天下人へ―』、黒田基樹『羽柴家崩壊』が7月末刊行です。

 丸島の『武田勝頼(仮)』も7月刊行予定だったのですが、何しろ原稿執筆に本腰を入れられるようになったのが実質4月でして、今週頭にようやく決定稿が仕上がった次第(なので一息ついてます)。まあGWにはほぼ書き上げてはいたのですが、分量オーバーでいろいろいじってまして。8月回しの予定です。あと、月刊●●が恐ろしいスピードで入稿してきて、先を越されました・・・。

 最後、『本藩名士小伝―真田昌幸・信之の家臣録―』(高志書院)、遅れて申し訳ありません。最終ゲラになりそうなものが手許にあります(念校を見る必要ありだけど)。来週いっぱいで仕上げないと、まずいかな。
(2017-06-03)
○「上田真田まつり」感謝、感激、感謝
 「上田真田まつり」および前夜祭のトークショー、大勢の方にお運びいただき、感謝、感激、感謝です。前夜祭、隠れゲストで驚かれたと思いますが、実は第一部の二階に皆さん潜んでおられました。乱入計画があったのですが、第一部は進行がいっぱいいっぱいだったので、第二部からということで、こちらは僕も含めて事前打ち合わせほぼなしです。吉川Pが来ているのに、「非公式オフ会」って何やそれ、という感じですが、お楽しみいただけただけたのなら、幸甚です。
 一点、なにやら「不逞浪士」H山が誤った発言をしたらしいので、訂正。「真田丸」の時代考証会議は、全50回、すべてきちんと行っています。ラストのほうは、合戦シーンがメインですので、軍事考証会議も入りましたから、僕がNHKに行く回数はむしろ増えていました。山梨で仕事をしている関係上、たまたまH山がNHKに来られなかったのを、記憶違いしているだけです。ほんとに大事なことなので、念のため(苦笑)。

 本祭のほうも、お楽しみいただけたようで、一関係者(ほんとに一関係者)として御礼申し上げます。ほんとね、もう4ヶ月前に終わった大河なんですよ?ありがたいことです。控え室に行ったら、すぐさま台詞やらカローズの隊列配置やらの問い合わせが入りまして、久しぶりに考証作業をやらせていただきました。行列には、吉川Pと後ろからついていきましたが、学会がありましたので、隠しイベントの勝ち鬨前に、ひとり帰京とあいなりました。無念。ただ入りのご挨拶をしたときに、草刈さんがぽんと肩(厳密にいうと二の腕)を叩いてくださって、これはもう、一生もんの思い出です。
(2017-04-30,06-12終了箇所削除)
○牛に引かれて善光寺参り
 昨日、松代に文書調査に行ってきました。非常に得るものが多い、有意義な調査でした。帰りがけに、善光寺によりまして、真田一門・家臣の墓を撮影してきました。本当はもっとあったようですが、地震でやられてしまったようです。
 下は、木村綱成(土佐守)の墓。駿河侵攻時に、真田信綱が保護した少年で、その後家老に取り立てられた人物です。17回忌建立ですね。
 善光寺・木村綱成供養墓

 せっかくなので、甥っ子に「こどもまもり」を買って帰りました。「何歳くらいまでが対象ですか?」と聞いたら、「小学一年生くらい」とのこと。数え7歳になりますから、「七つまでは神の内」という発想でしょうか。

 以下、報告事項。『武田氏研究』55号が敢行されました。収録論文は、下記の通りです。

万部経会と戦国大名権力―武田信虎による甲斐国統一期を中心に―内藤和久1
勝沼氏館跡の金工房跡といわゆる「碁石金」に関する覚書萩原三雄20
「隠岐殿」という地名と遺跡―隠岐殿遺跡出土の戦国期のかわらけに関する予察―閏間俊明32

 今回は、宗教および発掘調査報告号になりました。閏間論文は、新府城跡にある「隠岐殿」遺跡と真田隠岐守信尹(加津野昌春)の関係に関する中間報告。御覧下さい。購入は、岩田書院まで。ジュンク堂などでも取り扱っています。
 …という状況にも関わらず、文献目録の更新、滞ってます。なかなか時間がとれず、申し訳ありません。

 『信濃』69巻4号も必見です。「真田家文書特集」号となっており、その巻頭を山中さゆり・米澤愛「新出の真田家関係文書について」が飾っています。無理を御願いして、信繁判物だけを先行紹介させていただいた「信州古典研究所所蔵文書」の全貌紹介となります。同研究所については、こちらを参照。

 メディア関係。今日放映された「さまぁ〜ずの神ギ問」(フジテレビ)「昔の武士は自分の甲冑をどこで買ってたの?」の取材を受けました。私の専門外の話ですので、大学の先輩にあたる藤本正行さんを紹介させていただきました。それだけ話すための電話出演(笑)。
 5月11日放映予定の「解明!片岡愛之助の歴史捜査」「武田氏滅亡」回でブイティアールアールによるインタビュー出演をします。

 イベント。4月29日に行われる上田真田まつり。その前夜イベントとして、4月28日に「真田丸」チーフプロデューサー吉川邦男さんと対談します。二部構成で、第一部は対談、第二部は・・・皆さんと同じ高さのテーブルで・・・(の割には会場が広いんだけど)??
 第一部司会を、歴史タレント小栗さくらさんに御願いしています。まあ「時代考証家」になったつもりはないのですが(苦笑)、いろいろ制作秘話をばと。吉川CPと電話したんですが、細かく台本決めてもあれなんで、おおよその枠組みだけ作って、後は当日ということで。

【第一部】
大河ドラマ「真田丸」制作の舞台裏〜制作CPと時代考証家が語る「真田丸」〜

 開催日:2017年4月28日(金)
 会場:上田映劇
 時間:18:00〜19:30(開場17:30)
 出演:吉川邦夫氏(「真田丸」制作統括チーフプロデューサー)
    丸島和洋(「真田丸」時代考証)
 MC:小栗さくら(歴史タレント)
 定員:270名(当日先着順)

【第二部】
「真田丸グリーティング」吉川CPと丸島先生を囲む会
 開催日:2017年4月28日(金) ※同上
 会場:上田商工会議所5階
 時間:20:00〜21:00
 出演;吉川CP・丸島
 定員:200名(当日先着順)

 まあ、なんだかんだ言って続きます。本当にありがたいことです。

【追記】
 上記イベント、案内出ました。
 『広報上田』266号より

 第35回上田まつり公式サイトもご参照ください。
(2017-04-16,04-17追記)
○真田信之室「清音院殿」(真田信綱娘)の専論拝受
 予想外に慌ただしく、あっという間に年度末です。周囲から「仕事を抱え込みすぎ」と指摘されるありさまで、まあそう言われるからには、色々仕事が滞って御迷惑をおかけしているわけですが…。

 寺島隆史氏より『千曲』162号をご恵贈いただきました。古文書講座(写真入り)は上田市博寄託真田昌幸書状で、こちらも寺島さん御執筆なのですが、巻頭論文として、「真田信之の三人の妻―最初からの妻清音院殿を中心に―」を執筆されています。
 「真田丸」では長野里美さんが演じられた「おこうさん」こと真田信綱娘の専論です。初のものではないでしょうか?一次史料上から、信綱娘とみられる女性をピックアップし、従来小松殿(本多忠勝娘)のものとされてきた「久消息」を清音院殿に比定されています。なお、清音院殿の読みは「しょうおんいんでん」または「せいおんいんでん」ならんとしています。ご恵贈、どうもありがとうございました。『加沢記』への言及がないのが、ちょっと残念でしたが。
 三人の妻、とあるように、大蓮院殿(小松殿)、そして清花院殿(亀子、玉川右京)についても検討されています。

 なお最新号なので、図書館コピーができませんが、上田の平林堂書店が取り扱っています。通販もやられているところなので、ご興味がある方はお問い合わせください。

 平山優氏からも、『武田氏滅亡』(KADOKAWA)をご恵贈いただいています。こちらは、「諸事情」で熟読を我慢しています。内容重なった本を書いていると、先入観入るの防がないといけないんですよね。

(2017-03-22)
○「SEKAI」インタビュー記事公開
 昨年末に受けたインタビュー、もう一件が公開されました。これで基本的に「真田丸」のメディア関係のお仕事は終わり、となります。

 ぼくらの未来を広げるWEBマガジン SEKAI
 大河ドラマを支えた“地味にスゴイ”仕事!? 歴史学者が挑んだ「時代考証」の舞台裏

 このインタビューには、「世界が変わった一冊」を紹介するというコーナーがありまして、かなり悩みました。研究に影響を与えた本といえば、峰岸純夫先生の『中世 災害・戦乱の社会史』(吉川弘文館)、山田邦明先生の『戦国のコミュニケーション―情報と通信―』(同)など多数あります。ただ、高校生向けのサイトということで、値段の安い新書がいいだろうと考え、藤木久志先生の『刀狩り―武器を封印した民衆―』(岩波新書)を選びました。ちょうど復刊されましたしね。
 また、古文書の写真を一点といわれましたので、私自身の収集文書から、「刀狩り令」と関わりのある文書の写真を送りました。実は、まだどこにも史料紹介をしていない未翻刻の文書であったりします。

 今日で「真田丸」の公式HPも閉鎖。長かった船旅が、完全に終わりました。今は論文その他の締切に追われてひいひい言う日々に戻っています。
(2017-01-31)
○「マンモTV」インタビュー記事公開
 昨年末に受けたインタビューが公開されました。

 考える高校生のためのサイト「マンモTV」
 丸島和洋「歴史の中に生きている自覚が史実に向かう態度を決める」

 長くてすいません。校正してたら予定字数超過してしまいました。またやったか…。
(2017-01-16)
○『真田信繁の書状を読む』(星海社新書)
 昨年9月、星海社新書として『真田信繁の書状を読む』という本を刊行しました。

 信繁の書状・命令書を読み進めて彼の一生を追うのが本書の趣旨ですが、第一章「史料を読むということ」で戦国時代の「古文書学」について、卑見を整理しています。これについては、現在関連論文をいくつか執筆・校正中でして、最終的に一書にしたいと思っています。そのプロトタイプ版というものでしょうか。
 うっかりしたなと思ったのは、あとがきで「信繁発給文書はたった17通しかない」という趣旨の文章を書いたのですが、これは、大名でも国衆家当主でも豊臣政権の奉行人でもない、一介の馬廻にしてはかなり多い数字です(たとえば井伊直虎は2点)。ですので、じっくり読み込んでみる価値はあるかと思います。

 ただ、かなり短期間で仕上げたため、いろいろ不備が多いです。大きな正誤を、下記に挙げておきます。

●31頁4行目
 (誤)「影写本は古文書の下から光を宛てて字をなぞり」
 (正)「影写本は古文書上に薄様紙を置いて字をなぞり」
 ※京都大学総合博物館所蔵の影写本には上記の作り方をしたものがあり(『京都大学総合博物館ニュースレター』32号)、それを念頭に書いてしまいました。ただこれは一般的ではない新しいやり方なので、修正します。

●179頁現代語訳・追伸1行目
 「(銅製の盆)」を削除
 ※「はり」を当初「さはり(響銅)」の書き間違いと判断して、当初材質が銅であると考えていました。校正中に、「はり(玻璃)」で水晶のことだと気づき、書き直したのですが、元の部分が残ってしまいました。

●213頁翻刻2行目下から3行目頭
 (誤)「神そく」
 (正)「神そゝゝ」
 ※本文の誤読です。『信濃史料』の読みをそのまま転載したのですが、誤りであるとの指摘を受けました。「しんぞしんぞ(神ぞ神ぞ、真ぞ真ぞ)」で「神かけて、心から」という意味。

●213頁翻刻後ろから5行目頭
 (誤)「申つくし候」
 (正)「申かへし候」
 ※これも『信濃史料』の翻刻に従ったのですが、こう読んだほうが素直と考え直しました。

●214頁現代語訳後ろから3行目
 (誤)「親族はそのようなものだと思っていたのです」
 (正)「まったくもってそのような考えでいたのです」
●218頁1〜4行目
 一段落全体を削除
 ※「神そゝゝ」の誤読により、解説文全体の修正が必要になりました。

●252頁現代語訳
 ※追而書の現代語訳が脱落していました。下記の段落を追加。
 「追伸:なお、(お二人に)別々の手紙で申し上げるべきですが、大したこともありませんし、御使者が御存知のように、細々とした用事で取り乱れておりますので、取り急ぎこのように書き送りました。いずれも追って詳しく申し上げます。」

 なお本書刊行後、東京大学史料編纂所架蔵影写本から採録した真田信繁書状の原本が発見され、御所蔵者の方の許可を得て調査を行いました。詳細については、星海社のサイト「ジセダイ総研」で「再発見された真田信繁自筆書状」というコラムを書いていますので、こちらを御覧ください。

 また、『古文書研究』82号(2016年12月刊行)に、「真田信繁書状の再発見」という史料紹介文を書きました。当然、後者のほうが専門家向けですが、その後の知見も加わっておりますので、こちらのほうが内容は新しいです。あわせてご参照いただければ幸いです。

(2017-01-15)
○ツイッター閉鎖
 予定通り、ツイッターアカウントを閉鎖しました。
 もともと大河ドラマ「真田丸」の補足解説を本HPでやる予定で、その更新説明用に再登録したアカウントでした。ただ本HPはXMLで書いており、更新に手間がかかる構造であったため、一度もHP上で補足することはなく、ずるずるとツイッターで解説を始めていました。
 当初は本当に一言、二言のつもりだったのですが、「真田丸」はかなり新しい研究成果をフィードバックしていただいた大河のため(有難いことでした!)、「創作ではなく研究の進展で明らかになった史実をベースにしています」という説明をした方が良いように感じ、どんどん分量が増えていってしまいました。朝日・毎日両新聞にまで取り上げていただき、本当にありがたく思っています。時代考証がこんなに出しゃばっちゃいけないんですけどね。
 ただ本業とあまりにかけ離れた状況になってしまったこともありまして、当初の予定通り、大河ドラマ放映終了に合わせ、クローズとしました。上田の大河ドラマ館100万人達成が間に合ったのが、幸いでした。
 特に本放送終了時期から、フォロワーの皆さんにはいろいろ慰労のお声がけをいただき、ありがとうございました。あまりに膨大であったためご挨拶をし損ねた方も少なくありません。失礼もあったかとは存じますが、今後はこちらのHPでの運用としていきたいと思います。最後にまとめて今後の告知出したから、それを実現しないといけませんしね。まだ表に出していない企画も多いです。とりえあず、先月来たゲラや昨年末締切の原稿から片付けないと…。
 改めての、ご挨拶まで。

 ※追伸:右側の関連書籍一覧を更新しました。昨年は、ほとんど紹介できていないので、そのうち書きます。
(2017-01-07)
○サイト移転のご案内
 早速ですが、JCOMのウェブスペース提供サービス終了(2017年1月末日)に伴い、旧URL(http://members3.jcom.home.ne.jp/kazu_maru/)から新しいサーバに移転いたしました。
 新URLは、下記の通りになります。

   http://kazumaru-takeda.com/

 あわせて、壁紙の使用を取りやめました。以前使っていたディスプレイでは問題なかったのですが、最近使っているディスプレイだとどうも文字が読みづらく、そのうち変えようと思っていたので、良い折りでした。
 今後とも、よろしくお願い申し上げます。今年は、更新頻度を戻す予定です。サイトの移行もスムーズに進みましたので、ツイッターアカウントは、予定通り今週中に閉鎖します。

(2017-01-04)
○お役御免
 新年明けましておめでとうございます。

 昨年、NHK大河ドラマ「真田丸」をご視聴いただいた皆さんどうもありがとうございました。1/2の総集編再放送をもちまして、時代考証としての仕事に区切りをつけました。その間、ツイッター中心の活動をしており、かつ考証作業が予想外に多忙であったため、HPの更新が止まってしまっておりました(本文は2回しか更新していない…)。
 ただ大河ドラマ終了に伴い、ツイッターアカウントも再度閉鎖いたします(もともと大河用に復活させたものでした)ので、告知関係はHP中心に戻ります。

 少し年初に余裕ができたのですが、なんとJCOMのウェブスペース提供サービスが今月末で打ち切りとのことで、HPを移転しなければなりません。現在、その準備に追われているところです。

 大河ドラマの常として、「真田丸」公式サイトも本月末で閉鎖されます。同サイトには壁紙などが公開されていますし、「直江状」朗読も視聴できますが、それも今月限りです。ご注意ください。
 そこで公式サイトの中で、私が関わったいくつかのページへのリンクを貼っておきます。

●真田丸公式サイト
真田丸公式サイトトップ

特集 さなイチ「別冊!インタビュー 時代考証 黒田基樹さん 平山優さん 丸島和洋さん (クランクアップを迎えて)」
特集 さなイチ「別冊!インタビュー 時代考証 丸島和洋さん 〜豊臣秀吉の残した遺言〜」

特集 さなイチ「別冊!インタビュー 風俗考証 佐多芳彦さん 〜“鉄火起請”前編〜」
特集 さなイチ「別冊!インタビュー 風俗考証 佐多芳彦さん 〜“鉄火起請”後編〜」

特集 ムービー「直江兼続役・村上新悟さんによる「直江状朗読(※一部抜粋)」
特集 ムービー「直江兼続役・村上新悟さんによる「直江状朗読完全版―原文―」
特集 ムービー「直江兼続役・村上新悟さんによる「直江状朗読完全版―現代語訳―」

 次に他のサイトでのインタビュー関係です。新聞関係は、そのうち消えてしまいますので、ご留意を。

●ジャパンナレッジ ※「真田丸」時代考証とジャパンナレッジの活用について
JapanKnowLedge VOICE 丸島和洋さん 歴史学者 大河ドラマ『真田丸』の若き時代考証者 第1回
JapanKnowLedge VOICE 丸島和洋さん 歴史学者 大河ドラマ『真田丸』の若き時代考証者 第2回
JapanKnowLedge VOICE 丸島和洋さん 歴史学者 大河ドラマ『真田丸』の若き時代考証者 第3回

●毎日新聞web版
「真田丸 時代考証・丸島和洋さんに聞く(上) 「『幸村』ではなく『信繁』制作陣の本気感じた」
「真田丸 時代考証・丸島和洋さんに聞く(中) 「ドラマが照らし出した新しい史実」
「真田丸 時代考証・丸島和洋さんに聞く(下) 「大河ドラマとは 歴史への向き合い方とは」

●朝日新聞デジタル
「(ひと)NHK「真田丸」の時代考証をした歴史学者」

●東京FM ピートの不思議なガレージ
「手紙から窺われる真田家の人々の実像は」

ついでに、昔書いた本の宣伝コラムです。
●講談社
『戦国大名の「外交」』著:丸島和洋 「歴史研究者と戦国大名の距離感」

(2017-01-03)
 
 
○最近の更新
2017-11-14
雑記更新
2017-11-08
雑記更新
2017-10-14
雑記更新
2017-10-07
雑記・研究業績更新
2017-09-27
雑記更新
2017-09-22
雑記更新
2017-09-13
雑記・研究業績更新、レイアウト調整
○本サイトについて
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○本サイトの記述にはCSS及びXSLを用いています。
○動作確認はInternetExplorer11.0およびMozilla FireFox55.0.3上で行い、解像度は800×600以上を想定しています。
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○関連書籍